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中国深〓発テニスモロモロ 中国深〓に単身赴任中の四十路男性のテニスを始めとする日常をお送りします

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命名 ---scene2---

入院中の嫁に体に気をつけるように伝え病院を後にした。

入院と言っても別に病気な訳じゃないから心配ないし、やはり子供を産むってことは大変なことなんだろう。俺が長居をして気を使わせても可愛そうだし、男の俺がいたからと言って何か手伝ってやれることは限られているので、家に戻ることにした。

「タッチャン・・・かぁ・・・」
タツヒコ、タツユキ、タツオ、タツノリ・・・「タツ」が付く名前って意外に多いことに気が付いた。
「タツ、タツ、タツ・・・」
ふと、タツキチと言う名前が浮かんだ。
「それはないだろう」
と一人で突っ込みを入れてしまった。

ところが、なかなかこのタツキチと言うのが頭を離れなくなって他の「タツ」が思い浮かばなくなってきてしまった。
「ナイナイ!」

ここにきて人の名前を付けることの重大さが分かってきた。
90年代に生まれてきて「タツキチ」なんてつけたら子供が大きくなったときに自分の名前を嫌いになってしまうかもしれない。
それならいっそのことタツノシンとかタツノジョウなんかの方がこジャレているかもしれない。

自分の名前は極ありふれた名前で余り好きではない。
もっとカッコいい名前が良かったと思うことがしばしばある。
せっかくつける名前だ、子ども自身好きになってほしい。



家に帰ってきてからも頭の中で名前のことを考えていてテレビはつけているが、内容は殆ど覚えていない。
冷蔵庫に有るものを簡単に料理して夕食は済ませた。

最終的に残ってきたのはタツマ、タツアキ、タツロウ。
タツマは流行っぽい名前を意識して考えた。
タツアキは無難な感じ。
タツロウは少しノスタルジック風な名前と言うことで考えてみた。
当然タツキチは候補には残らなかった。

時計は間もなく夜の11時を指そうとしていた。
ワープロの電源を入れて
「命名 タツマ」
「命名 タツアキ」
「命名 タツロウ」

の三候補をキーボードで打ち込み印刷をした。
「よし、この三つから嫁に選んでもらおう!」

大した仕事ではないはずだが、とても重大な仕事をしたような気分だった。



一人息子 | 投稿者 費特勅 00:34 | コメント(0)| トラックバック(0)

命名 ---scene 1---

子供が生まれる前に男の子か女の子か教えてもらうことも出来たのだが、それでは生まれるときの楽しみが無いと思い、我が家では教えてもらわないことにしたのだった。

嫁は何かと準備が必要だから教えてもらった方がいいと言っていたが、やはり生まれて初めて分かる感動を味わいたかったので結局教えてもらわずに誕生の日を迎えた。

イメージでは
「費特勅さん、元気な男の子ですよ。おめでとうございます」
「そうですか・・・。ありがとうございます・・・(涙)」

となるはずだったのだが、赤ちゃんと面会できたのは生まれてから2時間後、後で嫁が看護師さんに聞いたところによると、子供が生まれた午前8時は夜勤と普通勤の交代の時間で申し送りが出来ていなかったとのことだった。

ただ、自分の中では生まれたばかりの赤ちゃんはとても可愛いと勝手に思い込んでいたのでシワシワな赤ちゃんを間近に見て感動できたかは疑問が残る。

テレビドラマなどでは生後数週間が経った赤ちゃんを利用していることが多いので
「元気な男の子ですよ」
と見せる場面にはお肌ツルツル髪の毛ホワホワの赤ちゃんが登場することが俺に可愛い赤ちゃんの登場を誤解させる原因だったと思う。



そんな訳で、名前も生まれてから決めようと思っていた。
「名前決めなきゃだね」
と病室のベッドに横になっている嫁に言った。
「私ねぇ、タッチャンって呼びたいんだよねぇ」
「へぇ。そうなんだ。じゃ『タツ』なになにってこと?」
「うん」

俺も『タツ』なになには異論が無かった。 響きに可愛い印象があったのと呼びやすいからである。

本来、姓名判断とかをしてもらうのかも知れないが俺自体そういうものをあまり信じてないので、呼びやすいとかが重要なことだと思っている。

ただ、後で子供が自分の名前を付けてもらった経緯を知ったらと思うと少し後ろめたい気持ちもあるが、大切なのは名前を付ける過程ではなくて付けてからどれだけ愛情をもってその名前を呼ぶことだと思う。


一人息子 | 投稿者 費特勅 12:40 | コメント(0)| トラックバック(0)

1993年誕生---scene Final---

生まれたて・・・と言っても既に2時間が経過しているが・・
顔を見るとシワシワでお世辞にも可愛いとは思えなかった。
目はつむったままで時々ピクッと動いたりあくびをしたり・・・。
新生児室に来る前に嫁が言ってた
「すごく可愛かったよぉ」
の言葉を思い出していた。
「これなら犬の赤ちゃんの方が可愛いよなぁ」
近くに義父がいたので、心の中でつぶやいた。
後から思えば、どの赤ちゃんも似たりよったりなんだろうけど、未熟児で生まれた分余計にシワシワだったりして可愛く思えなかったのかもしれない。



隣の義父を横目で見ると普段あまり笑顔を見せないが、赤ちゃんを見ている目がとても幸せそうに見えた。
「そんなもんかなぁ・・・」
俺にはそんな風にしか思えなかった。

10分ほど様子を見ていたのだが、当たり前だけど寝返る訳でもなく、笑うわけでもなく動きと言えば時折するあくびだけ。
もっともっと感動するのかと思っていたがいささか拍子抜けだった。
「そろそろ病室に戻りますか」
と義父に声をかけたが
「もう少し見てるよ」
しばらく赤ちゃんを見ていたい様子だったので
「じゃぁ俺戻ってますね」
と言って、嫁のいる病室に向かった。10時を過ぎると病院内も人が増えてきていた。

途中でパジャマ姿で産後の母親と思われる人とすれ違ったが、やはり幸せそうな表情をしていた。

「見てきた?」病室に入ってきた俺を見るなり嫁が聞いてきた。
「うん」
「可愛かったでしょう」
「そうだね」

嫁の尋ね方がYes以外の答えを期待していないのがありありだったので、思わず答えてしまったが内心では漠然とした不安が沸いてきていた。
「生まれてお医者さんに赤ちゃんを見せてもらったときに感動して泣きそうになっちゃった」
「へぇ。そうだったんだぁ。大変だったんでしょ?お疲れ様だったね」
「それが、小さかったからそれほど大変じゃなかったの。痛かったけど我慢できるくらいだったよ」
「ミエちゃんが早く出てきてっていつも言ってたし、お腹が窮屈だったから早く出てきたんだね」

満面の笑みを浮かべている嫁と会話をしていると、可愛くて仕方がないのがひしひしと伝わってきた。

俺はまだまだ実感がなくどこか他人事になっていた。

1993年7月21日曇り、忘れられない日の訪れだった。


一人息子 | 投稿者 費特勅 22:40 | コメント(0)| トラックバック(0)

1993年誕生---scene5---

「・・・・」
「あれ?お知らせしてませんでしたかぁ?

「え、えぇ」
「失礼しましたぁ・・・」

開いたドアの向こうにベッドに横になっている嫁の顔が見えたので看護師さんに
「入っていいですか?」
「どうぞ」


部屋に入ると前の日まで大きかったお腹がスッキリしてしまって、元の痩せ型の嫁に戻っていた。
疲れていそうだったが、とても幸せそうな顔をしてこっちを見た。

「赤ちゃん見た?」と嫁。とっても可愛かったでしょうと言いたげだった。
「いつ生まれたの?」
「えぇ!見せてもらってないの?8時頃に生まれたんだよ」
「今までず~っと義父さんと待ってた」
「そうなの?」
と嫁は軽く驚きながら、この珍事を楽しんでいるようだった。

「ごめんなさいねぇ・・・。赤ちゃん見に行きますか?」
横で聞いていた看護師さんが申し訳なさそうな顔で言った。
「お願いします」
「すごく可愛かったよ」
と嫁が自慢げだった。

待合席で待っていた義父にも事情を話し、看護師さんに案内してもらい新生児室へ行った。


大きなガラスで仕切られた新生児室には8人くらい赤ちゃんがいた。




看護師さんが一旦中に入り、赤ちゃん一人ひとりの名札を見ているようだった。
そのうち物々しい透明なケースに入っている赤ちゃんを私たちのいるガラスの仕切りの前に運んできてくれた。
中を見ると他の子よりもひと際小さな赤ちゃんがいた。まだ目も開いてなくシワシワでその小さな腕に点滴の針が刺さっていて痛々しい。

私たちのもとに戻ってきた看護師さんが

「2,458グラムでしたから未熟児なので、保育器に入れていますが元気だから心配ないですよ」
と説明をしてくれた。

一安心して改めて保育器に入っている赤ちゃんを見たが、まだどこか他人の子供を見ているようで、自分が親になった実感は沸いてこなかった。



一人息子 | 投稿者 費特勅 23:14 | コメント(0)| トラックバック(0)

1993年誕生---scene4---

公衆電話の受話器を置くと「ピーピーピー」とテレカの出る音が院内に響いた。
朝の9時前と言うこともありまだひと気が少なくひと際大きく聞こえた。

こうしている間にも生まれるかもしれないと思い、少し小走りに待合席まで戻った。
「ん?義父さんはどこだろう・・・」
席には義父の姿が無かった。もしや!と思い新生児室へ行ったがやはり姿がなかった。
「よかったぁ。義父さんに先に見られたかと思ったぁ」
とどうでもいいことでドキドキしてしまった。
しばらくすると義父が戻ってきた。
何も言わずに椅子に腰掛けたが心なしかタバコの匂いがする。どうやらタバコを吸いに外に行ってたようだ。
義父にしても初孫なのだから楽しみには違いない。



それにしても出産とは時間のかかるものだ。嫁が分娩室に入って間もなく4時間近く経過し時計は10時を指している。
まぁ、難産ともなれば半日以上かかることも有るらしいから、まだまだ覚悟は必要かもしれない。
この間にも義父は時折席を立ちタバコを吸いに行き、俺は置いてある雑誌を手にして広げてみるが内容は頭に入ってこない。

俺は時間を持て余していたので義父に
「ちょっと様子を見てきますね」
「うん。まだだと思うけどね。結構時間がかかるもんだよ」

と二人の子供がいる義父の経験から来る言葉ではあったが、ただ座っているのに疲れたので席を立って分娩室付近まで行くことにした。

あまり音を立てないように静かに分娩室へ近づいた。
外から聞き耳を立てて様子を伺うと中は割りと静かで、勝手に「ヒーヒーフー」とかやっていると想像していたので拍子抜けした。
「これはまだまだ時間がかかるな」
と思っていると、向かい側の部屋から看護師さんが出てきた。

「どうしました?」
「あ、あのぉ、6時ごろに分娩室に入っていった者の夫なんですが・・・まだ、時間掛かりそうですかねぇ?」
「えぇ!あ、費特勅さんですか?」
「はい」
「もう生まれてますよ」
「・・・・・・」

一人息子 | 投稿者 費特勅 22:58 | コメント(0)| トラックバック(0)

1993年誕生---scene3---

楽しみを待つ時間はなかなか過ぎていかない。
もうずいぶんと長い時間待っている気がしたが時計を見ると20分くらいしか進んでいない。

こんなとき舅(しゅうと)と嫁の旦那の関係は気の合わない上司と部下の関係に似て、思ったことを口にできずに、つまらない会話でお茶を濁してしまう。
「今年の夏は天気がおかしいですね・・・」
「そうだね・・・」
「この病院は駐車場がせまいですよね」
「そうだね・・・」

会話が続かない。元来義父は口数が多い方ではないので、この様な状況だとことさら話題に困ってしまう。

話題探しに思いを巡らせているとき会社に休むことを伝えていなかったことを思い出し
「・・・会社に(休むことを)連絡してきます」
と席を立ち探す物を院内の公衆電話に変えることができた。
「俺なんでこんなに緊張してるんだろう」と一人つぶやいた。

「あ、もしもし費特勅ですけど、課長いますか?・・・あ、はい・・・あ、費特勅ですけど嫁が昨日破水して昨日の晩から入院してるので今日は休みたいんですけど・・・」
気恥ずかしさのせいか、「子供が生まれそうなので」とは切り出し辛かった。
赤ちゃん
自分の中で「こんな時くらい喜びを素直に表現すればいいのに」と少々自己嫌悪に思っていた。
「あ、すみません。特に急ぎでやる仕事は無いと思います。・・・あ、すみません。よろしくお願いします」
どうも電話で緊張すると「あ、」が多くなる。それと、自分が良く理解していないことを上司に報告するときに左手で左喉頭部を触る癖がある。
わかっていて直そうとは思うのだが、癖はやはり癖なのでそう簡単には直らない。

電話も終わってしまい、また話題探しをする時間が来てしまった。
もうすぐこの世で一番好きになる子供が生まれるのだからもっと喜べ俺!
一人息子 | 投稿者 費特勅 23:44 | コメント(0)| トラックバック(0)

1993年誕生---scene2---

1993年7月も下旬に指しかかろうとしているのにその日もどんよりと曇っていて少し肌寒い朝だった。

間もなく電話が鳴り受話器を取ると
「もうすぐ生まれそうなんですって、病院に来られますか?」
と嫁の母親からの電話だった。
「分かりました。すぐに行きます。」
と返事をして受話器を置いて病院にいく用意をした。
時計を見ると6時半を少し回っていたところだった。

家から車で20分くらいの所に病院はあった。
まだ、朝早いせいだか車もあまり通っていなかったので15分も掛からずに病院に到着することができた。普段なら駐車場所を探すのも困難だが今日は駐車場もガラガラですんなり車を置くことが出来た。

病院に着くと義父と義母がいた。義母から
「もう分娩室に入ったみたいですよ。もうすぐですね」
「そうですね・・・。」

もともと義母とは会話こそすれ、当時は社交辞令的な会話が多かったことや初めて父親になることの期待と不安でそれほど会話が弾まなかった。
30分ほどすると義母は
「もう少し時間が掛かりそうだから一旦家に戻ります。」
と言って病院を後にした。
私と義父は分娩室そばの待合席に腰をかけてその瞬間を待っていた。

病院到着から1時間ほど経過した。何となく寝不足もあり、少しボーっと仕掛けた頃に分娩室の方から一人の看護師が赤ちゃんを抱えて座っている私と義父の横を通っていった。
私たちに声をかける様子も無く新生児室へ運んで行ったところをみると
「うちの子ではなさそうですね。」と私
「うん。そうみたいだね」と義父
時計を見ると8時15分だった。
一人息子 | 投稿者 費特勅 19:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

1993年誕生---scene1---

1993年この年の夏は本当に太陽の少ない夏だった。
6月に入梅して来る日も来る日も雨や曇り空ばかりの天気でその年の気象庁の予報は結局梅雨明けをしなかったと発表があった。
そんな年の7月のある日、彼はこの世に誕生した。

前の晩に破水して入院していた嫁を残して一旦家に帰り一人自宅で、これから生まれくる子供に思いを馳せていた。
予定では8月中旬と言われていたから、かなりの早産なのは間違いない。男の子か女の子かそれも気にはなっていたが早産による影響とかも心配だった。
そんなことを思いながら、眠ったのか起きていたのかわからない時間が過ぎて朝になった・・・。

一人息子 | 投稿者 費特勅 17:10 | コメント(0)| トラックバック(0)
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